沼地に咲く花

帰宅途中のターミナル駅改札前には、最終電車までの僅かな時間を惜しんで愛を囁き合うカポーの姿がつきものです。
今日ももれなく、長身の美サラリーマン(推定42歳・既婚:若くないが大層な眉目秀麗)と、彼のミゾオチより下に頭を埋めた小柄な女性の二人組に遭遇できた。
わたしはそんなカポーをジロジロ見ずにはいられない。終電での別れに、胸が千切られるほどの切なさを人目も憚らず露にしたその表情や仕草をたっぷりといただいて、彼らの甘く切ない気持ちにシンクロすると、彼らが味わっている甘酸っぱい気分を体験出来るのです。まあ恋愛ドラマを見るのと同じ感じですね。しかしこのワンシーンはリアルタイムで起こっている現実のものですから、やはり迫力が違う。対象はなるべくなら美男美女が好ましいが、その限りではない。
ハンサムがミゾオチのパーマヘアを優しく撫でている。頭は時々イヤイヤするように横に振られ、更に彼のミゾオチに深く沈んでゆく。まるでハイティーンのようないい大人カポーの完全非武装恥態。早速小道具のタバコに火をつけて視姦開始です。
適当なところでごちそうさまをしてタバコの火を消し、その場を立ち去ろうとした時、女性が顔を上げました。
女性はがっつりとぶっくらと腫れた感じの本物のおばちゃんでした。10歳は確実に若い彼氏とのあてどもない道行きを、加齢と同じ速度で疾走するおばちゃん。慈しむように見つめ合う、両想いに潤む瞳。わたしは孫いるんじゃまいかとまで思えるおばちゃんに軽蔑と尊敬を込めて思わずつぶやきました。『旅路は長いのですね…』
静かに流れ出したBGMは中島みゆきの『ヘッドライト・テールライト』。わたしはすこし胸やけしてしまい、オエツしながら現場を後にし、最終ひとつ前の電車に乗り込みました。